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守護霊(祖父の記憶)
昭和二年に生まれた亡き祖父は、群馬県の山あいにある小さな木工所の社長だった。太平洋戦争の最中に貧しい片親で育ち、早くから自立を求められたため、手先の器用さを買われ少年期から軍事工場の工員として出入りしていたらしい。
6月4日読了時間: 4分


書くための素描(モネとブーダン)
美術史の起点をなぞるたびに、私はそれを遠い十九世紀の画家たちの話としてだけでは受け取れないし、むしろ、今もなお、この指先から何かを書こうとする無名の人間(私自身)のそばにも、静かに寄り添っている話のように感じている。
5月28日読了時間: 24分


Love What Happened Here(James Blake)
この曲を聴くとニューヨークにいた2005年の春を思い出す。それはマンハッタンのアッパーイーストサイドを一人で歩いていた夜の帰り道の風景だ。ニューヨークで過ごした時間の記憶と感情は私が書く物語にこれからも影響を与えるのだろう。
2012年11月16日読了時間: 3分


NEED / ニード
「NEED/ニード」というのは、ニューヨークの演技コーチが教えてくれた言葉だ。2005年頃、わたしは演技の勉強をしていた。 結局ほんの数年間しか役者といえるような活動はしなかったけれど、演技をはじめたその当時は、まだ自分の人生の『芯になるもの』を探しはじめたばかりの若いオンナノコだったので、勢いと思いつき重視の、大胆な行動力があったような気がする。そのうえ芸術学校に通っていたわたしは、若いアートの(ちょっと勘違いした)学生らしく、内なる情熱と好奇心の赴くまま、前へ前へと行動を続け、その勢いのまま、ニューヨークまで演技の勉強に行ったのだった。 映画で見ていたニューヨークの汚い地下鉄や、時代がかった建築物、アーシル・ゴーキーにジャクソン・ポロック、憧れのアート作品やグッゲンハイム美術館のフォルム。世界各国から集まった食材の市場やチャイナタウンの飲茶、リトルイタリーのカフェでお茶をして、お金がなくなったら街角のジャンクフードを食べて帰った。 履き古したブルージーンズと首のよれた白いTシャツスタイルだった化粧気のないわたしは、ニューヨーカーたちのハ
2011年10月4日読了時間: 4分


5枚のレコードと未知
わたしは五枚のレコードを持っていて、レコードプレイヤーを持っていない。 そのうち二枚はもう七年聴いていないし、三枚は一度も聴いていない。それは叔父にもらった二枚と、ベルリンの蚤の市で買った三枚だ。 1. 死刑台のエレベーター 2. ボブ・ドロウ 3. ベートーベン 4. おじさんの絵のドイツのコメディレコード 5. ニューオーリンズジャズ どこかで聴けないか、策を練ろうと思った。部屋の中に音楽があるのに、その正体を知らないというのは不運だろうから。同様に、部屋の中に小説があるのに、まだその物語を開いていないものも数冊ある。これもやはり、残念なことだろう。 「いつか必要さ」といった類いの、雑な衝動がもたらした産物は、物欲の象徴としてのインテリアと化してしまいがちだったけれど、歳を重ねるごとにそういった欲望の歪みは少しずつではあるが、薄まってきたような気がする。そしてこうした変化は、精神的安定と妙な清々しさをわたしにもたらした。『多くのものを持たない』 というミニマルな姿勢が、日常時間に丁寧さという雰囲気を生み出すのかもしれ
2011年8月15日読了時間: 3分


James Blake
James Blakeの音楽を、ようやく聴いた。雑誌で彼のアートワークを見てから、一体どれくらいの時間がたっただろう。早く聴かなくちゃと思っていたのにずいぶんと遅くなってしまった
2011年7月8日読了時間: 6分


1984,ボーイ・ミーツ・ガール
映画に限らず、”物語り”という括りの中で、わたしにとってもっとも大切な作品はレオス・カラックスの『ボーイ・ミーツ・ガール』かもしれない。初めて見たのは18か19歳の時。地元のレンタルビデオ店で借りたと思う。
2011年7月7日読了時間: 1分


愛おしき透明と文芸誌
一年前の夏に出版された文芸誌『新潮』で、昨夜はたくさん泣いた。十代の頃のわたしにとって、宿り木のような存在だった作家の新作短編を、だいぶ遅ればせながらではあるが、ようやく読んだのだ。
2011年7月5日読了時間: 4分
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