Love What Happened Here
- 鳥 今雄
- 2012年11月16日
- 読了時間: 2分
更新日:5 日前

音楽好きの友人宅にあるレコードプレイヤーから流れ出した最初の一音に、私は心臓を射抜かれた。それは、今年の夏の事だった。
ファンクミュージックを中心としたレコード収集を趣味としている年下の友人の部屋を訪れる事が決まった時、買って手元に置いてあるのに、まだ聴いた事がないレコードを私は持参した。それが James Blake / Love What Happened Here のLPレコードだった。一枚目のアルバムを聴いたのが去年で、それ以来、日本でCDアルバムリリースされていない彼の音楽をSound CloudやLPレコードなどで探していた。これは、初めて読んだ小説家の一冊が良かったので他の著作も買い求めてしまう心理と同じだ。
夏の日、友人の部屋でこの曲を聴いて以来、夜にこの曲を聴く度に涙が流れるようになった。最初に聴いた時は暑い夏の最中で、猛暑の中冷房で冷やした友人の部屋で煮出した麦茶を飲みながら聴いていたはずなのだが。
多分、私はこの曲に毎回癒されているのだと思う。ありきたりな小説やオチの見える映画より、ジェイムス・ブレイクの音楽の方が物語を語っているようで、彼の音楽は私に色々なことを想起させる。
本人の名前と同じタイトルの一枚目のアルバム James Blake に収録された The Wilhelm Scream はとてもセンセーショナルで、決して耳の早くない私にすら彼の音楽が届いたほどだった。
けれど、私はLPレコードとして発売された Love What Happened Here が彼の音楽の中でも一番好きだ。彼の音楽の中だけではなくて、私がベストプレイリストを作成したら、必ず入れたい一曲でもあると思う。私が人生を回顧する時にしばしば登場する『ある夜』のテーマソングのような曲だからだ。
この曲を聴くと、ニューヨークにいた2005年の春を思い出す。マンハッタンのアッパーイーストサイドを一人で歩いていた夜の帰り道の風景を思い出すのだ。まだ短い私の人生だけれど、あの時ニューヨークで過ごした時間に詰まった記憶と感情は私の考える物語にこれからも多くの影響を与えるだろう事は確かだ。
あの時ニューヨークで出逢った友人たちとは疎遠になってしまっているが、数年後、一人のアメリカ人女優と再開した時に、彼女は私の肩に触れながら優しくこんな事を言った。
You have something to offer to the world.
あなたには、世界に提供できるものがある。
狭い自室で一人、「明日はもう訪れず誰も私という存在すら知らない」というような孤立した錯覚に陥る夜はある。そんな時、Love What Happened Here を聴きながら目を瞑り友人からの言葉を唱えると、私は明日に向かえるのだ。