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NEED / ニード

  • 執筆者の写真: 鳥 いまお
    鳥 いまお
  • 2011年10月4日
  • 読了時間: 4分

更新日:5月7日

今から7~8年くらい前、わたしは演技の勉強をしていた。


 『NEED/ニード』というのは、ニューヨークの演技コーチが教えてくれた言葉だ。 

 結局ほんの数年間しか役者といえるような活動はしなかったけれど、演技をはじめたその当時は、まだ自分の人生の『芯になるもの』を探しはじめたばかりの若いオンナノコだったので、勢いと思いつき重視の、大胆な行動力があったような気がする。そのうえ芸術学校に通っていたわたしは、若いアートの(ちょっと勘違いした)学生らしく、内なる情熱と好奇心の赴くまま、前へ前へと行動を続け、その勢いのまま、ニューヨークまで演技の勉強に行ったのだった。


 映画で見ていたニューヨークの汚い地下鉄や、時代がかった建築物、アーシル・ゴーキーにジャクソン・ポロック、憧れのアート作品やグッゲンハイム美術館のフォルム。世界各国から集まった食材の市場やチャイナタウンの飲茶、リトルイタリーのカフェでお茶をして、お金がなくなったら街角のジャンクフードを食べて帰った。

 履き古したブルージーンズと首のよれた白いTシャツスタイルだった化粧気のないわたしは、ニューヨーカーたちのハイファッションに目移りしてばかり。

 ブロードウェーでは『CHICAGO』観て、オフ・ブロードウェーでは愛しのイーサン・ホークの芝居に酔い、ブルーマン体験をした。オフオフ・ブロードウェーでは名もないアーティストたちのコンテンポラリーダンス作品を観て、意欲を刺激された。


 ニューヨークを初めて体験したあの当時のわたしは、あの場所に、『まだ見つかっていない自分の夢』の可能性を感じていたような気がする。歴史と文化と人種とアートが街中に溢れかえっているニューヨークという場所と、そこにある人々の生活に、すっかり魅了されていたのだ。

 

* * *


 表題にある『NEED/ニード』という言葉は、ニューヨークで受講した演技クラスで出てきた言葉だった。

 演技コーチのロベルタ先生は、私たち生徒たちに繰り返し同じ質問をした。


 《What's Your NEED (あなたのニードは何)?》


 それはとても単純な質問だったが、同時に人間としての本質的な問いでもあり、わたしにとっては少し難しい質問でもあった。



 《自分自身の心と親密になりなさい》

 《自分の中にいる、幼い子どものままの自分自身を見つけて、甘やかしてあげなさい》

 《感覚や感情を大切にあつかいなさい》

 《自分の欲求に素直に身を任せることは悪いことではない、それを思い出しなさい》


 21歳になろうとしていた当時のわたしは、『大人になりたい』と思いはじめていた時期で、学校でもアルバイト先でも家庭でも、『ちゃんとしなくちゃいけない』『感情論ではなく、理性的に正しい選択をしなければいけない』『筋の通った意見を述べなければいけない』といったように、”建前こそ立派だけれど実のところは頭でっかちな考え”を持っていたし、しかもそれを本心でカッコイイと思っていた。少し背伸びして『しっかり者』になろうと必死だったのだ。

 だからロベルタ先生からの質問は、当時のわたしにはとても難しく感じられた。けれど同時に、今まで誰からも聞いたことがない、新鮮な発想だった。


* * *


 演ずることから遠く離れてしまった今も、ふとした時に彼女の言葉を思い出す。

 それは、(ちょっと大げさに言うと)人生を左右しそうな『大きな選択』を前にした時や、「今日は何を食べようかな?」といった日々の小さな選択など、様々なシチュエーションで思い出す。

 そんな時はいつも、わたしの頭上に『What's My NEED?』という漫画のような吹き出し口が飛び出すのだ。


 そんなふうに日々の中で自分の『欲求(NEED)』を大切にしていても、歳をとるごとに自分自身を説得するのも巧くなっていく。

 欲求というものは時として簡単に理性に追いやられてしまうからだ。

 ベタな行動や安パイな選択は、社会人としてもちろん必要だと思うし、「それが『大人になる』ということなのだよ!」と言われてしまえばそれまでだろう。

 けれど、今わたしが敢えて着目し、大切にしたいと思うのは、感覚的で直感的で本質的な『欲求(NEED)』を、子どものようにスコン!と体現できるピュアさだ。

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