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1984,アーウィン・ショー
敬愛する作家が71歳で逝去した年、自分がこの世に生まれたことを今夜知った。こじつけでしかないのだが、こういった偶然のナンバーに、わたしは影響され易い。
2013年5月16日読了時間: 1分


Love What Happened Here(James Blake)
この曲を聴くとニューヨークにいた2005年の春を思い出す。それはマンハッタンのアッパーイーストサイドを一人で歩いていた夜の帰り道の風景だ。ニューヨークで過ごした時間の記憶と感情は私が書く物語にこれからも影響を与えるのだろう。
2012年11月16日読了時間: 3分




Notes 13,14,15
外の世界や誰かに対して、憧れや、嫉妬もあるけれど、 自分の生活への満足や、好奇心や、興奮だって充分あるのだ。外界ばかりに目を向けていると、 日常の微細な感覚の素晴らしさを忘れがち。
2012年1月1日読了時間: 1分


Notes 10,11,12
母が見せるこれから先の時間にたいする不安を、二つ返事で「まあ、まかせてよ」って、解消してあげられる自分になりたいのに、その準備すらまだ始められていないし、フラフラしたキャリアの中に、わたしはいる。
2011年11月13日読了時間: 4分


Notes 6,7,8,9,
わたしが音楽に夢中になるのは、目に見える存在としての静止がないからだろう。そのニュアンスの類似が映像におけるクロスディゾルブであり、これに魅了されて久しい。では音楽や映像の前、モチーフの起源は何かというと『想い』や『風』、『透明』という言葉がまとう、まさに透明な質感など、そういうもの自体だ。
2011年10月4日読了時間: 2分


NEED / ニード
「NEED/ニード」というのは、ニューヨークの演技コーチが教えてくれた言葉だ。2005年頃、わたしは演技の勉強をしていた。 結局ほんの数年間しか役者といえるような活動はしなかったけれど、演技をはじめたその当時は、まだ自分の人生の『芯になるもの』を探しはじめたばかりの若いオンナノコだったので、勢いと思いつき重視の、大胆な行動力があったような気がする。そのうえ芸術学校に通っていたわたしは、若いアートの(ちょっと勘違いした)学生らしく、内なる情熱と好奇心の赴くまま、前へ前へと行動を続け、その勢いのまま、ニューヨークまで演技の勉強に行ったのだった。 映画で見ていたニューヨークの汚い地下鉄や、時代がかった建築物、アーシル・ゴーキーにジャクソン・ポロック、憧れのアート作品やグッゲンハイム美術館のフォルム。世界各国から集まった食材の市場やチャイナタウンの飲茶、リトルイタリーのカフェでお茶をして、お金がなくなったら街角のジャンクフードを食べて帰った。 履き古したブルージーンズと首のよれた白いTシャツスタイルだった化粧気のないわたしは、ニューヨーカーたちのハ
2011年10月4日読了時間: 4分




Notes 4,5,
Notes 4. 「なんだか、つまらないなあ」というボンヤリとした不満が、生活を雑にしていく。近年のわたしは、心の底から、何かを全力で、完全に楽しむというのがどうも下手になってきているみたいだ。何かイベントがあっても、どこか消化不良気味で終えてしまう。それは翌日への不安や体調への懸念、金銭面への考慮もあるかもしれない。一体、いつからだろうか、保険をかける楽しみ方を覚えたのは。 Notes 5. 友人たちとは、もう数ヶ月と会っていない。 食事をしたり、お酒を飲んだり、恋の話をしたり、将来についての話をしたり、日々の生活で感じる違和感や、それぞれの幸福についての話をとりとめもなくする。本当にとりとめもなく。『恋愛』『宇宙人』『ハマっている食べ物』なんでもいいのだ。ただそれが、表面的な好きと嫌いで終わる話ではなく、理由や発見や疑問や不満に満ちた、お互いのディープな部分をつかって交わす刺激的な会話であれば。 一人遊びをして楽しんだりイベントで自分を盛り上げたりしてはいるけど、まったく満たされない。 《じゃあ、満たされていた時は何をしてたんだい?
2011年9月16日読了時間: 1分


ひよこと夜のプラネタリウム
「プラネタリウムには、行ったことあるかい?」 夜にたゆたう夢々は、まあ、プラネタリウムのようなものだ。 ドーム型をした劇場のようなスペースには円形状に座席が配置されていて、大概の場合その座席は、大して高級な座り心地ではないだろう。けれど僕は努めてゆったりと腰掛けるようにしてるよ。心をゆったりさせるように、”つ・と・め・て” ゆったりと座るようにするんだ。できればバッグは持っていないほうがいい。財布や文庫本は上着のポケットか何かに入れるようにして、バッグなんかは家に置いてくるのが一番だ。もしも持ってきてしまったお嬢さんがいれば、自分の座席の足元に入れるように教えてあげる。お尻の後ろに入れるのは禁物だから必ず足元にね。その理由は”音” 、そう、もちろん音だ。もしもお尻の後ろにバッグを置いてご覧なさい。あなたが体勢をなおす度にバッグの中の持ち物が擦れ合う音が鳴ってしまう。プラネタリウムは巨大なスピーカーがあるけれど、問題はそういうことじゃないんだ。あなたが演劇をみている時、映画館にいるとき、轟音の電車内にいるとき、周囲の物音に気がついたことが一度た
2011年9月7日読了時間: 4分


Notes 1,2,3
「酒も煙草もコーヒーもやらない奴はどうも信用できない」昔、年上のインテリが言っていた言葉が、突然意識の中空に躍り出て、思わずキャッチした。人間の欲に直結した『だらしなさ』という要素を、ある種の象徴に置き換えたとしたら、例えばそれは酒、煙草、コーヒーなのかもしれない。
2011年9月2日読了時間: 2分


5枚のレコードと未知
わたしは五枚のレコードを持っていて、レコードプレイヤーを持っていない。 そのうち二枚はもう七年聴いていないし、三枚は一度も聴いていない。それは叔父にもらった二枚と、ベルリンの蚤の市で買った三枚だ。 1. 死刑台のエレベーター 2. ボブ・ドロウ 3. ベートーベン 4. おじさんの絵のドイツのコメディレコード 5. ニューオーリンズジャズ どこかで聴けないか、策を練ろうと思った。部屋の中に音楽があるのに、その正体を知らないというのは不運だろうから。同様に、部屋の中に小説があるのに、まだその物語を開いていないものも数冊ある。これもやはり、残念なことだろう。 「いつか必要さ」といった類いの、雑な衝動がもたらした産物は、物欲の象徴としてのインテリアと化してしまいがちだったけれど、歳を重ねるごとにそういった欲望の歪みは少しずつではあるが、薄まってきたような気がする。そしてこうした変化は、精神的安定と妙な清々しさをわたしにもたらした。『多くのものを持たない』 というミニマルな姿勢が、日常時間に丁寧さという雰囲気を生み出すのかもしれ
2011年8月15日読了時間: 3分


James Blake
James Blakeの音楽を、ようやく聴いた。雑誌で彼のアートワークを見てから、一体どれくらいの時間がたっただろう。早く聴かなくちゃと思っていたのにずいぶんと遅くなってしまった
2011年7月8日読了時間: 6分


1984,ボーイ・ミーツ・ガール
映画に限らず、”物語り”という括りの中で、わたしにとってもっとも大切な作品はレオス・カラックスの『ボーイ・ミーツ・ガール』かもしれない。初めて見たのは18か19歳の時。地元のレンタルビデオ店で借りたと思う。
2011年7月7日読了時間: 1分


愛おしき透明と文芸誌
一年前の夏に出版された文芸誌『新潮』で、昨夜はたくさん泣いた。十代の頃のわたしにとって、宿り木のような存在だった作家の新作短編を、だいぶ遅ればせながらではあるが、ようやく読んだのだ。
2011年7月5日読了時間: 4分
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