濡れ鼠の話
- 鳥 今雄
- 2011年6月6日
- 読了時間: 2分
更新日:5 日前

突然の豪雨。今夜は傘を持っていなかった。隣の声もよく聞こえないほどの大雨だったので、駅で雨宿りすることにした。暫くしてふと気がついたことがあり、ボクは激しい雨の中歩いて帰ることにした。
「雨に濡れるから、どうだと言うのだろう」
ずぶ濡れになったところで、今のボクが脅威に感じることは何かあるだろうか。おセンチが過ぎるようだが、実際、特になかった。今考えれば、いくつかの精密機器は壊れてしまう可能性もあったし、おまけに、ボクが住む街に降る雨は、悪い煙をたくさん吸い上げた東京の空のお隣りさんなので、成分的にそんなにきれいなものじゃないのだろうが、今夜はそんなこともどうでも良かったのだ。ボクは生まれてこの方、雨に濡れて風邪をひいたような経験もないし、幸か不幸か、今夜は眼鏡じゃなくコンタクトレンズだった。だから、一時間前のボクは、とにかく帰ることにした。雨宿りをする人の群れから抜け出して、大雨の騒音の中を家まで歩きはじめることにした。
小学生以来の正真正銘、濡れ鼠。あの時も台風の季節だったような気がする。母親が買ってくれた黄色い自分の傘を勢いよく振り下ろし、逆さ傘にして、雨水を溜めて喜び、脱帽した黄色い通学帽を雨を汲むバケツ代わりにして、下校仲間の友人に雨をかけてふざけたりしたものだ。 今夜のボクはといえば「水はこんなに重たいんだなあ」とか、「服のまま海に落ちた時は こんな感じだったなあ」とか、至って単純な感想をいだきながら、身につけていた布という布がピタピタと身体にまとわりついた無様な格好で、大雨の夜道を歩いた。いつもの帰り道よりも時間をかけて、ゆっくりゆっくり歩いて帰った。
これといってドラマチックな感傷はなかった。スニーカーが水を含んでガッポンガッポン話していただけ。これといって物語も生まれなかった。パーマをかけたボクの髪がラーメンのようにただ縮れたというだけ。ただ大雨の中、馬鹿みたいに濡れて帰ったというだけの話。家に帰りついたボクは、玄関先で黙って身体の雨を拭い、そのまま風呂に入った。
さっきまで遅い夕飯を食べていた。そしてこれを書き終えたら、今夜も眠ろうと思っている。